ニュースに三角コメント

2007年9月 7日 (金)

「日本版401K」よ、お前もか~!!

導入からわずか数年の「日本版401k」ですが、すでにこれですか?!?!。

■確定拠出年金、8万人分の掛け金211億円を放置(読売新聞)http://newsflash.nifty.com/news/tk/tk__yomiuri_20070906i213.htm?ref=rss

・・・これは、ちょっとびっくりだぞぉ~。

まあ、問題や原因は、加入者が転職時などに自分でしなければならない手続きを怠ったとか、そうしなければならない事を知らんかったとか、その辺を社会保険庁が「それは自己責任ですから」とばかりに放置していたという事のようだけど、うわ~、これは、どうだ?!。

導入からわずか数年の「日本版401k」ですよ。ほんと、うかうかしていられないねぇ・・・。

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2007年8月31日 (金)

場を辞すときには。

朝青龍関、モンゴルに帰国なさいましたが、ご本人の会見は何もありませんでしたね。これは、かなりヤバいんじゃないだろうか。

だって、社会的な場であるにしても、個人的なつきあいの場であるにせよ、場を辞すときには挨拶をして身を引くもんです。そうすることによって、再会ができるわけ。

黙って帰ったら、「おかえり」とは言ってもらえないし、「またおいでよ」という言葉も生まれませんよね。

これでじゃ、良くても「朝青龍関、早く体調を戻して、帰って来て」という雰囲気すら引いてしまうだろうし、そう思っている人も声を上げづらくなってしまったのでは。

僕はお相撲が好きで(技もろくにわからないけど、「大鵬」関の時代からずっと楽しんで観戦してますから)、朝青龍関にもがんばってもらいたいんだけどなあ。物事、悪く取りたくはないんだけど、ねえ・・・。

「技・体」はあるけど「心」がない横綱、という風評を裏づけてしまったとしかいう他ないんじゃないかという状況、残念ですね。心配です。

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2007年8月29日 (水)

いつ負けるのか。

大阪で世界陸上が開催中ですね。

大記録で優勝する選手がいれば、自己ベストや実力を発揮できずに涙を呑む選手もいる。冷たい言い方で成績・結果を言えば、勝つのは一人で、あとは全員負け。

電光掲示板に表示された結果をみて、多くの選手が落胆し、悔しさをにじませて競技場を去っていく。でも、なぜかそれが敗者には見えない気がしてくる。悔しがっている姿を見て、不思議と「負けてねーじゃん・・・」と思ってしまう。

いつ負けるのか。

それは、たぶん、負けても悔しくなくなった時なのではないか。

ひとつの大会が終っても、たぶん競技は続いている。そう思った。

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2007年8月27日 (月)

「いただきます」の事

2007年8月25日付、北海道新聞・夕刊(6版・9面)にとても興味深い記事が載りました。

『観光船眼前で捕鯨』との記事、要約すると、北海道・羅臼沖で、「クジラウォッチング中の観光船の目の前で、捕鯨船のツチクジラ捕獲作業が行われていた」ということです。

「客『気分悪くなった』」、「水産業者『接近は危険』」と副題されています。

羅臼町長・脇紀美夫氏は、「『お互い気を付けてほしい』として事実関係を調べる考え」とのこと。

さあ、これはどうだ。実に、むづかしい問題だ。捕鯨という文化の是非を問う大問題だぞ。

捕鯨を非難する人は、肉を食べないのか?、これが私の疑問です。屠殺は世界で満遍なくおこなわれています。牛や豚は家畜だが、鯨は野生生物だというのなら、それは神様が許してくれているか否かという単なる宗教問題、多くの日本人にはそういう宗教感はありません、下手なグローバリズムを押し付けてくれるなという話になる、と私は考える。

「周りの海は血で赤く染まり」という屠殺の現場を見て、町の生活者が気分を悪くしたというのは、屠殺という現実を知らなかっただけという単純な話。血を見て気分を害するという心情は十分理解できるけれど、私たちは実際はそうしたプロセスを経た肉を食べているわけです。今回のニュースは、都市生活者は実はキレイごとを当たり前として疑うことを知らないという事をあらためて印象づけた、そのような出来事に思えます。キレイ事で済まされないという、第一次産業の現実に気がついていない、という。

人は、動物や植物の命を「いただいて」生かしてもらっている。だから、食事前には「(命を)いただきます」と言います。

楽しみを求めてやってきた観光客には残酷な現実を見せないでという、エンタテイメントと現実の断絶、いいのかな、それで。羅臼という街は、観光地であると同時に、水産業の町でもある。命をいただくという現実を、背負っているのではないか。

羅臼町長・脇紀美夫氏の「『お互い気を付けてほしい』の言は、水産業者は屠殺の現実を知らない街の者の目の届かないところで生産をしてほしいと言わんばかりだ。いや、町長の苦しい立場はわかるよ。わかりますよ、でもね。

水産業者の社長さんも、命をいただく最前線で働く立場をしっかりと発信してもいいと思う。生き物を殺すのはかわいそうです、でも、私たちはそうして命を繋いでいるのです、という当たり前の事。

これは、とっても、むずかしい問題です。この問題は、真摯に受け止める必要を感じます。なぜなら、それは「命」を考える問題だから。

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2007年8月21日 (火)

旅客機炎上、死者なし(奇跡)。

 那覇空港で運行中の旅客機が着陸後に炎上、乗客・乗員は避難に成功して死者なし。・・・よかったねえ、ほんとに。間一髪、ほとんど奇跡に近いでしょう。

 さて今回は、「確率的に見て、飛行機は自動車より安全である」とお考えの方は、絶対にこの先を読まないでください。良い意味で、気づかない方が良い事もありますから。

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 よく言われる「飛行機は自動車より安全」という言葉は、実は言葉の綾(あや)・論理と数字のトリックであるに過ぎません。

 この言葉の根拠は、飛行機と自動車が事故を起こす確率の比較に基づいているわけです。事故が発生する確率は、自動車より飛行機の方が低い、だから飛行機の方が安全だという、考えですね。まあ、その論理自体は間違っていないんですけど、ね。

 これは、実はただの比較に過ぎないという、相対的な安全度の高低なんですね。確率は分子を分母で割って求めますから、分母が大きければ確率は低くなります。世界で運行される飛行機の数を、同じく自動車の数で割れば確率は当然低くなってしまい、結果(相対的には)安全という結論に達してしまうのが当たり前のことなわけです。

 世界中で毎日・交通事故だらけの自動車を分母として比較すれば、確率上ではほとんどなんでも安全だということになるのです。

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 旅客機の運行マニュアルには、異常の感知から90秒以内に乗客を避難させよと定められているそうですが、今回の避難所要時間は60~90秒で規定以内、機内からの全員退出のほんの数秒後に最初の爆発との事ですから、乗務員の働きは最低限成し遂げられたと思われる、と素人の私はニュースを見て思ったんでありました。

 まあ、飛行機も自動車も、乗るなら覚悟する、覚悟なしに乗るな、という私です。

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2007年8月18日 (土)

地震が続いてます。

 今度は、ペルーでM(マグニチュード)7.9の大地震、確認されただけでも死者350人余ですって??。ああ、酷いねえ・・・。

 ちょっと思い返すだけでも、この数年に日本・中部、スマトラ付近、中東で大災害。続きますね、本当に。

 日本だけでも「活動期」に入っているというらしいけど、実はどうも僕がピンと来ないのが専門家の、報道でよくある「この地震は最近の○○地震とは関係ない」という言。たとえば、阪神・東南海(三重・和歌山沖)・能登・中部・日本海の中部東北沖・北海道の西部、この15~20年の間に大きな(被害というよりは、地震そのもの規模)地震が頻発してるけど、押し並べて、専門家の皆さんはそれぞれは関係なし、という見解ですよね。

 ほんとに関係ないんだろうか?。

 だってさあ、現在のハワイ諸島だって、数十万年だか数百万年の先には日本海溝に沈没しちゃいますっていう、いわゆる「プレートテクニクス理論」、そういう時間単位・距離単位が地質学のものの見方でしょう?。ものの数十年、たった1000キロメートルくらいしか離れていない場所で発生した地質学的出来事を「カンケ~ネエ~」って言われたって、ええ~??マジィ~??って思いません??。そう思う私がスーダラですか?。

 まあね、真面目な科学者ほど、仮説と定説・実証と推論を分別して、明らかなる部分だけを語るというのが科学者の良識てェもんだ、というのは理解できるんですけどね。実証されていない部分は、まだ科学じゃないっていう、あれね。

 一言さア、「地震が続いてます、あなたの身の回りはいかがですか、備えはありますか」って言ってもらったほうが一般ピープルにはありがたいゼ、正直なところ。良い意味で頭が固いから科学者も務まるんだろうけどさあ・・・。世の中、ムズカシイねえ・・・。

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2007年8月16日 (木)

白い恋人さんたら、もう!

 企業における食品の衛生管理の問題は、もう雪印さん・不二家さんで十分世間に周知されていたはずなのに、ああ、また北海道だよ。「雪印」さんだって「白い恋人(石屋製菓)」さんだって、道民にとっては「私の郷(さと)にはこれがある」っていう、まごうことなきブランドだったんですよ。

 悲しいなあ、ほんとに。身内の失敗みたいに悲しいよ。

 仕事上の事は、「魔がさした」じゃ済まされないんだって、どんなサラリーマンだって自戒してるはずだと思うんですけどね・・・。なにはともあれ、仕事上で何かひっかかる事があれば、「いや、ちょっと待て、それはそれで本当に良いのか」と判断する、そういうもんでしょ。そういう企業風土が育っていなかったっていうことなのかなあ。だれか責任者一人の問題でもない、その責任者がそうした間違った判断を下してしまうにいたる環境もあったはずだと、実はほとんどのサラリーマンはわかってるんじゃないかな。

 テレビで見た限り、社長の会見はそれは社長の憔悴した姿が痛々しかったけれど、正直に非を認めた潔いものだったと思う。少なくとも、ブザマなものではなかった。

 間違っても、「儲け主義」の暴走ではなかったと思いたい。

 ブランドについた傷を、企業努力でいかに回復するのか、素人のわたしにゃ何もわからん。石屋製菓さんがんばって、と言うしかないです。政治的なことはともかく、地元への貢献度の高い企業の不祥事だけに書かせていただいた。しっかりしてほしい。

 

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